新型肺炎 SARS

◆新型肺炎 (SARS) の蔓延◆

最近急速に香港・中国より蔓延している新型肺炎(SARS)ですが、ここシンガポールでもじわじわと蔓延してきており、イヤ~な雰囲気になっています。2003年3月24日にはとうとう、750人もの人々が自宅隔離を強制的に受ける羽目になってしまいました。下記はこちらの新聞記事です。


感染症で自宅待機-750人に命令(3月26日)

保険省は3月24日、全国の児童生徒など約750人に対し、原因不明の感染症「重症急性呼吸器症候群(SARS)]に罹患している可能性があるとして、10日間の自宅待機を言い渡した。感染症法に基づき、これに違反した場合、最高5,000Sドルの罰金が科される。
全国のほとんどの学校で2学期を向かえた同日、各校では休暇中に香港や中国、ベトナムに旅行した者、また現在熱の症状がある者に自宅待機を命じた。また同省も、感染者と接触するなどして罹患の疑いがある感染者の知人や同僚などに同様の措置を取った。
自宅待機者は感染の疑いがないことが判明するまで、外出禁止となる。
このほか、現在入院中の患者への面会も禁止された。感染者数は25日以降4人増え、69人となった。このうち重体は11人、退院者数は13人となっている。

750人もの人を一斉に自宅隔離させるのもすごいですが、違反して外出したら罰金S$5,000(35万円)というのもすごいですね。流石は厳しいシンガポールです。

またこういう時は色々と根拠のないウワサが流れるものです。昨日もアンモキオにある某大手メーカーの工場で新型肺炎が蔓延したので急遽工場閉鎖した、とのウワサがありました。そのあたりにはうちの会社の従業員も多く住んでいるのであわててその会社に真偽のほどを確認しましたら、結果的には根も葉もないウワサでした。

でもこの新型肺炎は空気感染するので、もし1人でも従業員で罹患した人がいたら会社の中に蔓延するのはほぼ間違いなく、現在そうした場合の対応を検討していますが、打つ手がないのが実態です。取りあえず「風邪気味なら病院へ行け、会社を休め」との通達は流しましたが気休めにすぎないでしょう。

◆新型肺炎 (SARS) の強力な対策◆

中国、香港、台湾を中心に猛威を振るっている新型肺炎(SARS)ですが、シンガポールにおいてもご承知の通りSARSが蔓延していました。特に2003年3月末から4月にかけては大変でしたが、5月に入ってからはようやく落ち着きを取り戻しつつあります。現時点での延べ感染者数は206人、死者は29人ですが、5月18日にほぼ3週間ぶりに1人感染者が出て以来、本日まで9日間感染者は発生せず、この調子では6月初旬には制圧宣言が出される見込みです

SARS感染者が発見されてからのシンガポール政府の対応は非常に早く的確で、なおかつ徹底的なものであったと思います。

まず感染者及び疑いのある人は全て決められたいくつかの病院のみに集中的に入院隔離し、家族と、患者と少しでも接触のあった人は皆、自宅で約2週間の間、強制隔離されました。最初の大規模な隔離は3月末に実施され、学校の生徒と家族中心に750人も一斉に自宅隔離されています。当然外出一切禁止で、違反した場合には高額の罰金又は禁固刑を科すという厳しい処置を行なっています。更には念を入れて自宅には監視カメラを設置し、政府より定期的に(1時間おきくらい)に自宅でおとなしくしているかを確認する、という徹底したものです。日本でしたら人権侵害などと騒ぎになるところでしょう。


しかしそれでも違反者は出るものです
まず最初にはSARS患者の家族が感染の疑いがあるということである病院で検診を受けたのですが、その待ち時間に感染の疑いがあるにもかかわらずその家族の人たちが病院を抜け出し、近くのホーカーズへ食事に行ってしまいました。すぐ大騒ぎになり、訪問したホーカーズなどは閉鎖されてしまいました。
また、自宅隔離を命じられたある男性は、監視カメラを無視して毎晩近くのホーカーズに食事に行き酒を飲み、しかも周りの人に政府からの隔離命令書を誇らしげに見せていたそうです。当然すぐ通報され逮捕される羽目になりました。

シンガポールでのSARSは当初より基本的には院内感染(病院の中での感染)または感染者の家族への感染に限定されており、不特定多数の市民への一般感染はなく、政府の徹底的な隔離政策は成功していると思われていました。それだけに上記のケースは一般感染の可能性が高かった為、ゴー・チョクトン首相が「アホなシンガポーリアンがいる」、「狂気の沙汰」と激しく批判するに至り、即刻、自宅隔離命令違反者に対する罰則を2倍(罰金はS$10,000=70万円になった)に引き上げることとなりました。ちなみにシンガポールのワーカーの賃金はS$1,000レベルしかなく、この罰金は10ヶ月分の収入に相当する非常に厳しいものです。


4月に入るとまた大事件が起こりました。
シンガポールで一番大きなマーケットであり野菜などの流通拠点ともなっているパシル・パンジャン・マーケットの1つのお店のおじさんが高熱にもかかわらず無理して3日ほど仕事をし、回りにSARSを感染させてしまったのです。この時はこのおじさんが死亡したのみならず、おじさんの家族、及びマーケットまで乗せたタクシーの運転手が感染し死亡してしまいました
当然、数百店舗あるマーケットは一斉に閉鎖されてしまい流通に支障が出てしまいました。
また、特にタクシーの運転手に感染したということは、それを通じて一般の不特定多数の人に感染する疑いが高くなり、一時はひやひやものでした。結果的にここからの感染はありませんでしたが、その後は誰もタクシーに乗らなくなってしまい、タクシースタンドで人はたくさん待っているがタクシーがいない、といういつもの光景とは逆に、タクシーはたくさん並んでいるが人が全くいない、という異常な光景が続いています。

めっきり乗客が減ったタクシー


当然ですがシンガポールでの入出国管理も厳しくなっています。空港では基本的に入国者の体温を測定し、高熱がある人は病院に回されたりして精密検査を受ける羽目になります。SARSが疑わしい場合には隔離されます。これは空港だけでなく、マレーシアとの間を結ぶ2つのコーズウエイでのイミグレーションでも、通る車やオートバイの乗員に対して体温測定を行なっています。


こう述べますとシンガポールでも北京や香港みたいに皆がマスクをしている異様な光景が広まっていると思われるでしょうが、意外とそういうことはなく、街中では誰もマスクなどしておらず従来と変わりない光景となっています。このあたり、シンガポーリアンはのんきなのかどうかよく分かりませんが、我々駐在員も街に行くからと言ってマスクをすることはありませんので同罪(笑)でしょう。

でも流石に街中の人出は減少しています。
いつもなら人であふれるオーチャード・ロードでさえも人出は従来の半分くらいの感じで少し寂しく感じます。また、レストランなどもお客さんが減少し、ホテルに至っては観光客の激減により、ひどい所は稼働率20%以下の所もあるようです。密室で他人と接触する可能性の高いカラオケなどは閑古鳥が鳴いているそうで、全体的な経済に与える影響は相当に大きなものがあります。
観光客の減少はやはり被害が相当に大きく、ホテルのみならず各地の観光地は軒並み減収。シンガポール航空などは中国、香港のみならず日本の大阪行きなども含めて大幅にフライトを減少させましたが、それでも対策が追いつかない状況に陥っています。

ブギスのPARCOにて 人出は少ない


このような状況において、各企業でもそれぞれ対策を講じております。うちの会社の例で説明します。

  • 従業員及び同じ敷地内にいる関連会社の従業員全員に体温計を配布し、朝と昼休みの2回、体温チェックを実施。結果は共通サーバに各人が入力し、もし37.5℃以上あった場合には病院へ行かせる、会社を休む、などの適切な処置を取る。
    (SARSはまず38℃以上の高熱が出るのが特徴なので、事前に防ぐ)
    女性の体温を皆が毎日見れるようにしていいか、などという議論は全く出ない。関係会社の人も合わせて体温計は1000本購入しました。この費用だけで(予算外で)S$9,500(約67万円)!
  • 耳に当てれば数秒で体温測定可能な温度計を用意し、守衛所で全ての訪問者の体温を測定するこの体温計はシンガポールでは品切れのため、緊急に日本より輸入しました。
  • 中国、香港への渡航禁止。もし行った場合は自宅で10日以上待機した後に出社のこと。
    (SARSの潜伏期間は最大でも10日以内のため)
  • 逆にシンガポールより日本へ出張の場合は、日本入国後10日以上経過してから会社へ行くこと。また、日本からシンガポールへの出張は原則禁止

これで今のところは幸いにして1人の感染者も出ていません。このやり方はシンガポール内のほとんどの企業で共通しています。おかげでマスクだけでなく体温計の在庫はほとんどなくなってしまい、現在では入手困難になっています。


このようにシンガポールにおいては、恐らく日本の皆さんが考えている以上に厳しく管理していますので、こちらから見ると日本はSARSに対して過剰反応していると思います。シンガポールにいる人はまるでバイキン扱いです。
でも、シンガポール政府の徹底した対策のおかげで、ようやくSARSはおさまりつつあります。街中の人出も最近また増えてきました。うちの会社もシンガポールへの出張禁止令を先週解除しました。現状のまま新しい感染者が発生しなければ6月1日にはWHOよりSARS制圧宣言が出る見通しです。早く以前の活気あふれる街に戻ってもらいたいものです。

(2003年5月15日)

(2003年5月31日追記)
本日WHOより正式にシンガポールを「域内感染地域リスト」より削除する旨、発表されました。つまりSARSの危険はなくなったということです。これでやっと通常の雰囲気に戻ってくるでしょう。これまで日本からはお客さんがほとんど来ないで寂しい思いをしていましたが、やっと賑やかな毎日に戻りそうです。ここにくるまでのシンガポール政府の徹底的な対策は素晴らしいものがありました。やれやれです。

(2024年3月9日追記)
当時のSARSは大騒ぎになりましたが、感染したのはアジアの一部であり日本へは入ってきませんでした。それに比べて今回の新型コロナは全世界に感染したので、相当感染力の高いウイルスであったと思います。こちらもようやくおさまりつつあるのでとりあえず一安心です。