日本帰国 2004 (千葉)

さて楽しい仙台に別れを告げて、車で一路千葉に向かいます。
奥さんと子供は奥さんの実家へ。私は仕事があるので2日成田のホテルに1人で宿泊することとしていたので、成田でまず降ろしてもらいます。仙台から千葉までは来るときとは逆に、東北道~磐越道~常磐道のルートで帰りました。流石に平日(本日は火曜日)だったので道路はガラガラ。実に気持ちよいドライブとなりました。途中のパーキングエリアでは桜を見たりして楽しみながら帰ってきました。

すいていた常磐道

宿泊した成田のホテルは今度は「メルキュールホテル」です。ここは京成成田駅前のロータリーを左に曲がってすぐの場所にあるビジネスホテルですが、とても綺麗なホテルで居心地は非常に良かったです。多くのビジネスマンは外国人の観光客も宿泊していました。ここを根城にして東京へ行きお仕事。それを終わらせ金曜日の朝には奥さんに迎えに来てもらい、帰国の日曜日までの3日間はまたフリータイムとなりました。


この金曜日には、来年高校進学の娘のために近くの学校へ行って色々聞くことにしていました。昨年は富里高校へ行き今年は私がいない間に成田国際高校へ行ってきたようで、本日は隣の市である佐倉高校へ行くこととしていました。

佐倉高校はこのあたりでは結構有名な伝統ある学校で、佐倉市にあります。
成田からは京成電鉄の特急で1駅、10分の所で、あのジャイアンツの長島茂男選手(監督)の実家もある街です。昔ヒットした歌手の荻野目洋子もこの佐倉市の出身です。その高校へ皆で車で行き、学校内に車を止めて職員室へ向かいます。

行ってみて驚きました。何と明治42年に作られた木造の校舎が、職員室と一部の教室としてまだ使われており、本日の教頭先生との面談もこの建物で行ないました。中は相当に古いのですが掃除が行き届いており、廊下の壁には歴代校長先生の写真が飾られていたりして、歴史の重みを感じることが出来る素晴らしい建物でした。県の重要文化財としても指定されているようでした。
ちなみに通常の校舎は普通の鉄筋の校舎でした。

佐倉高校の木造の旧校舎


学校を見た後は、久し振りに懐かしの成田市にある我が家に向かいます
前にも書きましたが我が家は誰にも貸しておらず空き家にしています。しかし週に1回程度はメンテナンスも兼ねて、親しくしている2軒隣の奥さんに入ってきてもらい、窓をあけたりエアコンを回してもらったりしています。家具はグランドピアノ以外は全て貸し倉庫に預けてありますので、ガランとしています。

私が家の間取りを考えているときに一番こだわったのは手すりのある階段が見える大きな吹き抜けの玄関ホールですが、これも今でも飽きることはなく良い設計だったなあ、と我ながら感心してきました。

ただ吹き抜けは1つ大きな問題があり、天井にぶら下がっている3つある照明の電球が切れたら自分で交換出来ず電気屋さんを呼ばなければならないこと、それと窓の掃除が出来ないことです。この点は最初より覚悟していましたが、やはり不便です。

 

 

ところで我が家に着いた時に驚いたのは正面に作ってある花壇のチューリップが咲いていたことです。まだ咲き出したばかりで完全に開いてはいませんがシンガポールでは見れませんので、とても綺麗に感じました。この花壇は私のお気に入りで今は寂しいですが、今度日本に帰国したらまた色々な花で飾ろうと思っています。

花壇のチューリップ

その後は奥さんの実家へ皆で移動します。奥さんの実家は九十九里浜の旭市からすぐ近い所です。銚子にも近いと言えば大体の場所の見当はつくと思います。


さて翌日土曜日は奥さんの妹家族も来て、総勢10人が揃うこととなりました。私たちは明日シンガポールへ戻るので、最後に皆でどこかへ遊びに行こう、ということで、成田の近くにある「芝山公園」へ行ってきました。ここには「芝山仁王尊」というお寺もあり、また「はにわ博物館」があって近くで採取出来た「はにわ」を多く展示しています。

行ってみるとちょうどうまい具合に「芝山さくら祭り」をやっていて,公園内は桜満開でとても綺麗でした。しかも子供の日が近いせいか、多くの大きな鯉のぼりも飾ってあり、子供たちは大喜び。ここで近くにシートを敷いて皆でお弁当を食べます。その後は子供たちはボール遊び、大人たちはビールを飲んだために皆で暖かな陽気のもと、しばしお昼寝をしました。
ポカポカした陽気で吹く風は心地よく、野外でゴロンと転がって寝るのは久し振りですが、最高にいい気分でした。

鯉のぼりの下で遊ぶ子供たち

私はしばらくしてから起きだして、せっかくなのでカメラをかついで公園内を一回り。綺麗な桜の花の写真をたくさん撮影してきました。鯉のぼりをバックに撮影した桜は本当に綺麗でした。

桜と鯉のぼりのコンビ

池の周りにも桜が咲いています

さて夕方になりましたのでここで奥さんの実家に戻ります。いよいよ明日はシンガポールに戻ることになります。


最終の日曜日の朝、送ってもらって成田空港に来ました。JALなので第二ターミナルです。これでまた1年は日本に帰国出来ないかと思うとかなり寂しいものがありましたので、記念に空港の写真を撮りました。

成田空港第二ターミナル

そこで中に入ってびっくり。ものすごい人の行列です! 私たちは安全みて搭乗の2時間くらい前に到着したのですが、並んだ列がなかなか進まず1時間近くも並ぶハメになってしまいました。あと少しで私たちの受付の順番というところで何やら搭乗手続きを急げ、という日本語の案内が流れました。何気なく聞いていたら奥さんが「今のアナウンスはシンガポールへ向かう人は急げって言いませんでした?」と言うので、次に流れた英語の放送を良く聞くと、確かにシンガポール行きの人は急げ、と言っているではないか!

時計を見たら既に離陸時間までもう45分くらいしかありません。
あわてて近くの係員の人をつかまえて「シンガポールへ行くんですが・・・」と話したら「急いで下さい」と言って、搭乗手続きで前に並んでいる多くの人たちを飛ばして先に手続きをさせてくれました。うん、これは回りには悪かったけどなかなか快適。次回は並ばなくてもいいように、ギリギリに来ようかな、などと不埒なことを考えたりしました。

見送りの実家のおじいちゃん、おばあちゃんにお別れを告げて飛行機に乗り込みます。別れの時はやはり子供なんですねえ。子供たちは優しかったおじいちゃんとおばあちゃんに向かって思わず泣いていました。

さて乗り込んだ飛行機の中はあまり混んでおらず半分くらいでしょうか。ゆったり帰ることが出来ました。
7時間のフライトのあと、無事にチャンギ空港へ到着しました。外に出ると久し振りに「ムッ」と熱気が感じられ、ああシンガポールに帰ってきたんだなあ、と逆に懐かしく思いました。

こうして今年も楽しい日本への帰国をしてきました。家族は3週間、私は1週間と短い期間でしたが、やはり久し振りに戻ると日本はいいなあ、としみじみ思います。でも反対に日本へ本帰国したら今度はシンガポールが懐かしくなるのでしょう。今のうちにシンガポールの良さをたくさん味わっておこうと思います。

(2004年4月17日)