〈2007年6月16日〉
宗吾霊堂は,千葉県成田市にあります。成田と言うと成田山新勝寺があまりにも有名ですが,この宗吾霊堂はその少し南,京成電鉄の宗吾参道駅からほど近い場所にあります。
宗吾霊堂の入口
宗吾霊堂の正式名称は鳴鐘山東勝寺。佐倉宗吾を祀ることから宗吾霊堂の名で呼ばれています。
この佐倉宗吾は本名 木内惣吾郎で,江戸時代に凶作と佐倉藩の重税で苦しむ農民代表として,1652年に4代将軍家綱に直訴を行ないました。当時は直訴はご法度。佐倉宗吾はその場で捕らえられましたが,将軍は直訴状を読み,佐倉藩の実情調査を命じ,その結果として佐倉藩の凶作の実態が判明し,3年間の年貢の減免がなされたので農民たちは救われたのです。
しかし佐倉宗吾は翌年には直訴の罪で死罪になりました。可哀相なのは4人の子供も一緒に処刑されたということです。その佐倉宗吾と4人の子供たちを手厚く祀っているのが,この宗吾霊堂なのです。境内にはお墓とともに,直訴の顛末を記録した蝋人形が並ぶ記念館もあります。
佐倉宗吾と4人の子供の墓
さてこの宗吾霊堂ですが,ここはあじさいでも有名な所で,境内の裏手にあじさいが多く並ぶと聞いたので,それを見に行ってきました。駐車場は宗吾霊堂の脇に無料駐車場がありますので,そこに車を止めて歩いていきます。東側入り口から入りましたが,そこはちょうど宗吾霊堂の裏手のあじさいエリアのすぐ脇でしたので,咲き乱れているあじさいをすぐ見ることが出来ました。
遊歩道の両脇に咲くあじさい
歩くと小規模な遊歩道があり,その両脇にあじさいがたくさん咲いています。昨年見た鎌倉ほどの迫力はないにしても,あじさいの群れは結構綺麗なものです。うっそうとした森になっているので薄暗くて写真撮影には適しませんでしたが,多くの写真を撮ってきました。
綺麗な青色の姫あじさい
咲いていたのは多くは青色のあじさいです。
これは昨年鎌倉の「あじさい寺」である「明月院」で見たのと同じあじさいなので,姫あじさいでしょうか。これは日本古来からのあじさいで,街中でもあちこちに咲いているものですが,こうして改めて見ると,花の色合いが実に美しいものでした。
さて,しばしあじさいの群れに感動した後は,本堂のある方向に向かって歩きます。
まず現れたのは奥之院です。これは宗吾霊350年祭記念事業において平成14年8月に建立されたばかりの新しいお堂です。見ると確かに新しい雰囲気いっぱいで,綺麗な感じでした。
その先,本堂の横を過ぎると聖天堂があります。その右に建つのは薬師堂です。
奥之院
その後は一気に宗吾霊堂の入り口でもある,仁王門に行ってみました。
ここは入り口から入り両側に並ぶお店街(?)の先にある門で,昭和53年に宗吾様の325年忌記念事業として完成した門です。
中には金箔の仁王尊が設置されています。
仁王門
ここでまた中に戻り,正面に本堂を臨みます。仁王門をくぐると正面に見えるのが本堂です。右手には先ほど説明した奥之院や聖天堂があり,その手前右側には鐘楼堂があります。この鐘楼堂はHPを見ると,除夜の鐘は先着108名,とありますので,大晦日に行けば先着順に108名の方がここで除夜の鐘をつけるようです。
本堂
先着108名が除夜の鐘をつける鐘楼堂
ここまで見て本日は帰りました。
宗吾霊堂は同じ成田市にありながら,成田山の影に隠れていますが,結構見所はあると思いました。
(2007年7月8日)